朱家角(上海水郷物語1)

おかみさんの部屋はこぎれいに整頓されていた。
なくなった老母と亡夫らしき写真が飾ってあった。
老母の写真の背景はこの理髪店だ。

昔のままの母の住居だったのか?
「主人とは文化大革命の頃に知り合ったの」
咳をしながらおかみさんはベッドの枕元でつぶやく。

「絵画の先生。伝統的な南画が専門だったわ」
又咳をする。
「だいじょうぶか?」

本庄が起き上がってやさしくおかみさんの背中をさする。
「ええ、だいじょうぶ。ちょっとむせただけ・・・。
文革で革命絵画を描けと執拗に迫られて、

5年間過酷な労働を強いられたわ。文革の嵐が去って
再びこの村の学校に戻ってきた。・・・そして結婚したの。
娘が生まれてまもなく胸の病が再発して・・・。でも、

最後に私を描いてくれたわ。
なかなか描いてくれなかったのよ。
頼んで頼んでやっと」

「肺病か?今ではすぐ治る」
「ええもちろん。私は大丈夫よ今まで1度も血を吐いたこと
はないしいたって健康。娘はそれで今上海の看護学校に志願
して、寮生活で頑張ってる。父や祖母の姿を見てるから」

「おばあさんも?」

「鍋1杯の血を吐いて死んだ。娘は真横でそれを見ていたのよ、
7歳の頃。近所の人も親戚もそれ以降あまりここには寄り付か
なくなったわ。あの北大街のおばさん以外は・・・・・」

「実は君の絵を描かせて欲しいんだ。にらんだ顔。微笑んだ顔。
とぼけた顔。潤んだ瞳。この5日間、描けるだけ描いて帰りたい」

おかみさんはうれしそうに微笑んだ。
「ありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
二人は見詰め合ってそのまま、激しく抱き合った。
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