朱家角(上海水郷物語1)

北大街

翌日今にも雨が降りそうな曇天だったが、
一応かさとスケッチブックを持って石畳を川辺に向かう。

このあたりの石畳は比較的新しいらしく
大きな石が半円形に整然と敷かれている。
道幅は5mくらい。それでも清の時代の初期のものだそうだ。

川に近づくにつれて道幅は2m程に狭まり
路地に古風な民家が連なってくる。

路地裏は未舗装で井戸や今にも崩れそうな土壁、
木造平屋が垣間見える。

おばあさんが子守をしてたり、おじいさん達が
古びた人民服を着て将棋をしていたりする。
観光客には誰も見向きもしない。

昔のままの生活の場なのだ。若者達は?
せめて中年のおばさんたちの姿は?
と思ったら、北大街に入るとたくさんいた。

路地の突き当りが幅20m程の川掘りで、
ほとんど流れはない。放生橋という明代に造られた
堂々としたアーチ型の石橋がかかっている。

この石橋の右手に船着場があって、数隻の木船に
客待ち顔のおじさんたちがたむろしている。

12月はシーズンオフなので客はほとんどいない。
石橋の中央に立つとなるほどすばらしい
水郷そのものの面持ちだ。

『これは絵になる』

本庄は一瞬そう思ったが、それはすぐに打ち消された。
次々とビニール袋をぶら下げて金魚売のおばさんたちが
声をかけてくる。亀や果物を持ったおばあさんもいる。

とてもゆっくりとながめてなどいられない。
放生、すなわち生き物を大自然に解き放つ橋らしい。

これは早朝に来るしかないなと思いつつ橋の中央
から戻って下りた。橋の左手から北大街が始まる。

北大街は一線街とも明清街ともいわれ。明清時代の
町並みが2kmほどびっしりと川辺に沿ってつづいている。

道幅は2mほどの石畳で両側に間口3m程の
二階建て木造家屋が店舗として軒を連ねている。

当時の雰囲気のままの絹織物店、ふとん店、米屋、酒屋。
何軒かおきに茶店や食堂があり有名なレイ肉も食べられる。

民芸品店も多い。立ち止まれば一応声をかけはするが
あまりしつこくはない。

鍋のふたに彫り物の実演をしていた。じっと見とれる。
視線を意識してか作者は製作に熱がこもる。
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