朱家角(上海水郷物語1)

運河

食堂で小休止。ワンタンを注文する。
人のよさそうなおばさんが特大餃子が8個
も入ったそれこそ特大の器を運んできた。

「リーベン?」(日本?)
「トイ」(そうです)
「ハンサムリーベンレン」(男前日本人)

おばさんは屈託のない笑顔でお世辞を言う。
8元(120円)を支払った。

日中戦争の時にはこの地方も大変だったとは思うが、
中国の田舎の庶民は皆穏やかな気がする。
中国風とでも言うか大陸風とでも言うか、

そこが韓国や日本とは一番違う所か?それとも、
それは表面だけのことか?もっと深入りして

中国人民の日本観や歴史観を探索してみたいとは思うのだが。
いずこも同じお人よしの田舎の庶民だった。

本庄はいくつかの橋を渡った。かなりの石橋が架かっており
資料によれば石橋の数は36、明清代の建造物は
1000棟を超えるとある。

北大街を離れると木造民家が連なり日常生活が営まれている。
冬でも江南はそう寒くはない。井戸で洗濯をしたり
川辺で野菜を洗う人がいる。

10数軒おきに川に路地が接していて小さな石橋が架かっている。
向こう岸も石畳で木造民家が密集していて時折店舗があったりする。
城皇廟のあたりから雨が降り出してもとの放生橋へ戻る。

傘を差しこの橋を渡って課植園へと向かう。
1kmほど運河沿いを歩く。
石畳が途中から広くなり運河に面して散策道になっている。

民家はこの堀の道に沿って広めの木造平屋がつづいている。
立ち止まってよく見ると、
『明代建築様式』と書いてあったりして、

中をのぞくとおじいちゃんと孫とが遊んでいたりする。
運河幅は放生橋付近よりはすこぶる狭く10mもない。
木船がようやくすれ違えるほどの幅だ。

時折観光客を乗せたゴンドラ風の木船が通り過ぎる。
魚売りの船におばさんたちが群がっている。
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