薄紅の花 ~交錯する思いは花弁となり散って逝く~


案の定そうであり、兄は触手全てを口へとひっこめる。その様は見るに堪えがたいほどに、グロテスクだ。目を塞いでしまいそうになるが、それは油断を作ることになる。単細胞になってしまったとはいえ、兄だ。少しくらいは頭脳が残っている筈。油断を作れば命取りとなる。触手をしまい込んだ兄は余裕めいた足取りで、こちらへと向かってくる。こちらへ向かってくる過程の中で、自然な動作を盛り込みつつ鞘から刀を抜く。手入れしておらず、刃こぼれくらいあるだろうと想定していた兄愛用の刀は、予想に反して研いだ後特有の光を放ち刃こぼれ一つとしてない。これで斬られてしまえば、大量の血で花を咲かすことができそうだ。これ以上にない程の危機感を煽らせる刀に恐怖し、足が竦みそうになる。だが自分が恐怖してしまい、それが原因で彼女たちに怪我を負わせるわけにはいかない。気力で足の震えを抑え、構え直す。そうして間合いを詰め……地を蹴った。その拍子に砂が飛ぶがそのようなこと気にする暇もない。一撃は見事に防がれ、防ぎでなかなか勝敗は見えぬ。昔は兄と試合をしても負けてばかりだったというのに。


自嘲気味な笑いは心の中でしつつ、次の一撃へと向かおうとした時間が悪かった。蹴りを入れられ、そのまま木に強烈な打撃を与えられる前に軟らかな体が己の体を包んだ。その正体は真っ先に危機へ駆けつけ守る役目がある静寂ではなく紫音だった。紫音も予想外の出来事であったのだろう。彼女の顔には“驚き”の2文字が表現されている。それでも彼女は強い。あろうことか「結斗君に足りない部分は私が支える。例え不可能なことでも、未熟なところばかりでも2人なら、可能なことはたくさんあるでしょう。だから気兼ねなく暴れてきて。私が怪我から結斗君を守るから」と言ってきたのだ。そこには「頑張って」と言う他人事に聞こえる激励の言葉はひとつとしてない。それが自分の糧となり、再び兄へと向かう力となる。
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