シャクジの森で〜番外編〜
「いや、このまま帰国する。公務が溜まっていると、さっきから爺が煩いんだ。・・・彼女に宜しく言っておいてくれ」


レオが、ス、と手を上げる。

それに反応し、人に紛れていた数人の者がササと動く。

やはり兵であったか。



「アラン、また来るよ。それまで、せいぜい愛しい妃の心をはなさないことだ。君から奪う楽しみが無くなるからな」



背を向けたまま、不敵な声色を出すレオ。

全く、何処からその自信が来るのか。

懲りない男だ。

この心の中の声を見透かしたようにレオは言葉を継ぐ。



「私は諦めの悪い男でね」


「心配せずとも、彼女は、離さぬ」



そうか、と呟き、ふと唇を歪め俯いたあと前を見据えたグリーンの瞳は、すでに鋭い光を宿している。

一人の男からルーベンの王子の顔に戻った瞬間だ。



「――――爺、帰国する」

「畏まりました、レオ様」


爺はホッとしたような声を出し軽く頭を下げる。

レオはもう一度エミリーの姿を見た後踵を返し、兵と爺を引き連れルーベンへの帰路についた。







「エミリー、そろそろ帰城せねばならぬ」

「はい、アラン様」


隣に立ち腰に手を当てると、サリーはずっと握っていた手を離した。


「アラン、私は彼女を送り届けたあと、屋敷に帰るよ。報告書は明日でいいだろう?」

「あぁ、そうだな。私は休暇中ゆえ」


パトリックはサリーに向き直り、微笑みを消し、有無を言わせぬ迫力を言葉に乗せる。


「さぁ、君を送らせてもらうよ。文句は、言わせない」

「あ・・・アンタも結構頑固なんだねぇ・・・分かったよ。だけど、こんな私を襲う奴なんていないよ?だって―――」

「何を言っているんだ、君は。そんなことないだろう」


ぴしゃりと言い放たれ、真摯な瞳を向けられたサリーは、すっかり言葉を無くしてしまった。

まじまじとパトリックの顔を見つめた後俯き、ゴニョゴニョと何か呟いたが、ここまでは聞こえてこない。


さぁ、行くよ、とやんわりと背中を押され、え、でも、王子妃様がまだ、と戸惑いながら呟くサリーを、ブルーの瞳が無言で窘める。

艶やかな白い頬がすーと赤くなっていく。

大人しくなったサリーを見て満足げに微笑むと、パトリックは市場警備に買い物袋を持たせ、優雅に手を上げた。



「アラン、すまないが先に失礼するよ」



背中を押され歩き始めたサリーが振り返り手を振る。


「じゃぁ、王子妃様、また来てね!きっとだよ!」



エミリーも笑顔を向け手を振り返す。


世話になった理容店の店主に労いの声をかけた後、馬車に乗り込み帰路につく。

すっかり人気の無くなった市場通り。

車輪が石畳に当たる音だけが通りに響く。
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