オトナの秘密基地

表情が見えないけれど、何となく声が冷たくて怖い。

「……逃げられました」

「はぁ?」

「……そういう雰囲気になった時、彼がいきなり叫び出したんですよ。『バケモノ!』って。酷いと思いません?」

はじめての彼の家、ふたりきりでDVDを観ながら、肩を抱かれて。

内容がホラーだったのは、怖がる私をなだめるうちに……なんていう彼の下心だったに違いない。

で、エンドロールが流れる中、彼に『ちょっと怖かっただろうけど、和実ちゃんと一緒に観られて良かったよ』なんて言われて。

一応彼の期待に応えて怖がるふりをしていた私も、ちょっと可愛らしく甘えたり。

それなのに、いざ彼がキスして、そのまま寝室へ……という流れの中で叫ばれたのだ。

黒いワンピースの後ろのホックを外すのに手間取った彼が、やや乱暴に手を動かしてきた。

小さく舌打ちしたのが聞こえて、彼の苛立ちを感じた私は怖くなった。

そう、ホラーDVDよりこっちの方がずっと怖い。

はじめてなんだから優しくしてよ! 怖いよ!

心の中でそう強く念じた途端、彼の動きが止まった。



……そして『バケモノ!』と叫ばれたのだ。


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