オトナの秘密基地
若旦那様が私に向かって外套を差し出した。私も手を伸ばしたら軽く指が触れ、その冷たさに一瞬、はっとして動きが止まった。
それを見た若旦那様が、私の顔を一瞥した後、ふいと横を向いてしまった。
気分を害してしまったのだろう。雪かきもせず、朝の支度をまだ何もしていない私の指は温かいままだったから。
いたたまれない気分のまま、受け取った外套を胸に抱いたら、冬の匂いに混じって若旦那様の匂いと、機械の油に似た匂いがした。
「すまないが、酒を追加して欲しい。叔父と正がまだ居座っているんだ」
旦那様の一周忌法要が無事に終わり、分家の皆様もそろそろお帰りになろうかという頃。台所で洗い物をしていた私のところへ、若旦那様が声を掛けてきた。
「はい、只今お持ちいたします」
「俺は叔母を送ってくる。すぐ戻るから」
「お気を付けて」
「和子も十分気を付けて」
「……え?」
まさか、気づかれていたのだろうか。誤魔化すつもりで首を傾げると、若旦那様が苦笑いを浮かべながらこう言った。
「叔父もいるから大丈夫だと思うが、正はさっきからずっと和子のことばかり見ている。正を好いているなら止めないが、違うならはっきり断った方がいい」