オトナの秘密基地
正さんは、若旦那様の従兄にあたる。
小学校を卒業してすぐここへ奉公に来てから早八年、この地方一帯の大地主である中田家の本家も分家もほぼ把握している私だけれど、どうしても正さんだけは苦手だった。
奉公へ来たばかりでまだ子どもだった頃は、背中へ毛虫を入れられたり、桶に穴を開けられるといった嫌がらせを受けた。
二言目には「小学校しか出ていない小作農家の娘のくせに」と罵られ、涙を流す私を見ては笑っていた。
それなのに、事あるごとに正さんは私を構ってくる。最近はそれが頻繁だった。
中田家は代々長男が田畑を継ぎ、分家となる次男、三男は軍人としてお国に仕えるという慣わしだったそうだが、正さんの家だけは違った。
慣れない商売に手を出し、破産して本家に助けを求めた。
結核で早逝された若旦那様のお兄様と、胃の病で長患いの末亡くなった旦那様がいないこの家を、虎視眈々と狙っている。
次男だった若旦那様は、士官学校在学中にお兄様を亡くされた。
跡継ぎとなったものの、軍人としての使命を果たすべく、そのまま陸軍将校として第七師団で活躍されている。
若旦那様は正さんとは違い、私にも、他の小作農の皆にも優しい。
時々、もしかしたら……と勘違いしてしまうほどに。