オトナの秘密基地

 薄暗くなってきた空から雪が降り始め、あっという間に吹雪へと変わった。

 ほんの少し先も見えないほど視界が悪くなり、体は凍えて動かなくなってしまう。

 このままでは、凍え死ぬかもしれない。そう思って、立ち木の蔭へ入ろうとしたその時、遠くから人影が見えた。

 あの外套は若旦那様の……。


 私の姿に気づいたのか、人影はどんどん近くなる。

「和子?」

 よく響く声で問われ、はい、と返事をした途端、若旦那様が私に向かって突進してきた。

 あ、と思った時には、抱え上げられていた。


「逃げてきたのか?」

 こくり、と頷く私を見て、それだけでもう事情は察したようだった。

「ひどい吹雪だ。可哀想にこんな薄着で飛び出したとは。ちょっと待ってろ」

 そう言うと、道端の立ち木の下へ移動し、下へと降ろされた。


 木のお蔭で、ほんの少し風と雪が遮られ、視界が開ける。心配そうな顔をした若旦那様を見て、心が痛んだ。

 若旦那様は曇ってしまった眼鏡を外してポケットへ入れて、それから手早く外套を脱ぎ、私に着せてくれた。


「そんな……若旦那様が風邪をひいてしまいます」

「俺は鍛えているからいい。和子こそ凍死するぞ」

「……いいんです、私なんて」

 行くあてのない身に、世間の風は冷たい。
 いっそのこと、正さんの家で奉公できれば良かったのかも知れない。
 でも、それをする位なら死んだ方がましだと思った。
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