オトナの秘密基地
「正に何かされたのか?」
「いえ、される前に頭突きして逃げました」
「ははは。ついに仕返ししたのか。ずっとやられっぱなしだったもんな」
「……知っていたんですか」
「もちろん。和子がやられた後、俺が何度も正をやり返していたんだけど、知らなかっただろう」
「初耳です」
「正も年下の俺からやられたとは言えないだろうしな」
外套のボタンをかけながら、若旦那様はしてやったり、という表情を浮かべていた。
「一周忌の喪が明けたら伝えようと思っていたんだが……」
若旦那様の顔が心なしか歪んで見える。
もう、私は必要ないということを伝えるのは心苦しいのだろう。
だったら、自分から伝えよう。
「今までお世話になりました。暇乞いを……」
そう言いかけた時、さらに若旦那様の顔が歪んだ。そして。
「俺からも逃げるのか?」
顔の横に両腕を突かれ、行く手を阻まれたと思った瞬間。
ザザザッ!! という音と共に、視界が真っ白になった。
木の幹を揺らしたため、落雪で私達は頭からすっぽりと雪をかぶってしまったようだ。
あっけにとられた後、おかしくなってつい笑ってしまった。
「これでは、逃げられません」
すると、若旦那様も笑った。眼鏡のない若旦那様は、とても男前だ。こんな至近距離で見たのは初めてで、鼓動が激しくなるのがわかる。