ポンコツ王太子と結婚破棄したら、一途な騎士に溺愛されました
 ここは、適当に返事をして、このまま王宮を去るのが一番正しい道なのだろう。

 いつも通りの手順で抜け出し、街に確保してある住まいに用意してある荷物を馬に乗せ、意気揚々と祖国に出戻ればいい。そうすれば、何の後腐れなく、この国と縁が切れる。

 ……けれど。

 あの蔑みも、侮辱する言葉も、これ以上ないほど完璧な拒絶も。

 傷つかなかったわけじゃない。

 例え何の期待を抱いていない相手にだって、正面から酷い言葉をぶつけられれば、心は悲鳴を上げた。

 諦めることで痛みから目を逸らし、楽しく暮らせる場所に逃げ込んで。

 ――ニナが傍にいてくれなければ、きっと耐えることなんて出来なかった。

 思い出せば思い出すほど、ふつふつと怒りが甦る。

 あの全ては、この男が、あの女しか愛さないと宣言したからではないのか。

 ならば何故そんな目で自分を見る。

 巫山戯るなと言うのだ。全くもって、不愉快にも程がある。

 ふっと小さく息を吐いて整えたユフィーナは、それまでの弱々しさとは打って変わった凜とした声で、はっきりと言葉を作った。

「お断りいたします」

「……何?」

 騎士団長が驚いたように目を瞠る。

 隣でニナが、あーあ、と言うように天を仰ぎながらも、どこか楽しげに籠を床に降ろし、ユフィーナの手から籠を受け取る。

 怯えた侍女の仮面を放り捨てたユフィーナは、下町の荒くれ者達を一目で黙らせる笑みを艶然と浮かべて見せた。

「何故、わたくしが、あなたにお茶を差し上げなければならないのかしら?」

 何だと、と顔を顰める騎士団長から、唖然とした様子の王太子、硬直している侍女達を順に眺め、ゆっくりと髪を隠していたボンネットを脱ぐ。

 そうして髪をまとめ上げていた櫛を外せば、流れ落ちる金の髪が淡く光を放つ。太陽の光をそのまま縒り合わせたかのような、鮮やかな黄金の流れ。

 まさか、と言うように驚愕に染まった人々の顔に、この王宮に来て初めて声を上げて笑いたくなった。
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