ポンコツ王太子と結婚破棄したら、一途な騎士に溺愛されました
「殿下。ミーア様がご懐妊だとか。おめでとうございます」

 にこりと笑って言ってやると、王太子がぱくぱくと酸素の足りない観賞魚のように口を開閉し、ようやく声を絞り出した。

「ユ……ユフィーナ……?」

「あら! わたくしの名を覚えていらっしゃるとは思いませんでしたわ! 先程名を訊ねられたときは、てっきりお忘れなのかと思いましたもの!」

 楽しげに手を打ち、侍女服のスカート部分をひょいとつまむ。

「それとも、こんな姿をしているせいでお分かりになりませんでしたかしら? 何しろ、わたくしの宮にはニナしかいないものですから、侍女仕事も何もかも、自分の手でしなければなりませんのよ。お陰で毎日楽しく過ごさせて頂いておりますわ!」

 かつて祖国で、可憐な、或いは妖精のようなと言われた仕草で首を傾げ、にっこりと笑む。

 隣でニナが、「破壊力抜群ですわねー」とこっそり呟いていたのは、他の人々には聞こえなかったようだ。

 完全に気を呑まれている人々に、そうそう、と両手の指先を触れ合わせる。

「良いところでお会いしました。わたくし、これ以上殿下とミーア様のお邪魔になるのは遠慮したく思いますので、殿下との婚姻関係をなかったことにいたしましたの。わたくしとて、意味もなく蔑まれるばかりの毎日は、そろそろ我慢なりませんし? ああ、ご安心くださいな。我が国の陛下に余計なことを進言するつもりはありません。わたくし、野蛮な殿方と違って、争いごとも戦も大嫌いですの!」

 だって、と硬直したままの「夫」を見上げて言葉を続ける。

「戦などあったばかりに、わたくしはこんな酷いところに来る羽目になったのですものね?」

 冷たく色を消して放った言葉に、周囲の空気が凍り付く。

 ――勝った。
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