ポンコツ王太子と結婚破棄したら、一途な騎士に溺愛されました
 そうしてユフィーナは、再びそれはそれは愛らしくにっこりと笑って見せた。
「殿下。改めて申し上げます。わたくしは戦は望みません。わたくしを暗殺しようとなさっている方々に、そのような心配はご無用と伝えて頂けますか?」

「え……な、暗殺……?」

 答えは無かったが、別に答えを求めていたわけではない。

 この王太子が、ユフィーナを取り巻く状況をまるで知らないことなど分かっているし、分かって欲しいとも思わない。

 これでもう、二度と会うこともない相手。

 何の興味もありはしない。

「ニナ」

「はい、ユフィ様」

 ニナの返事と同時に、ひゅっと風を切って宙を走ったものが、巨大な置物のように立ち尽くしていた騎士団長に襲いかかる。

 避ける間もなく、騎士団長の全身を締め付け、その身体の自由を奪ったのは、細い鋼の糸を編み込んだ特殊な太縄。

 どんな馬鹿力が相手でも一瞬で無力化出来るこの縄術がニナの得意技なのだが、モノがモノだけに重たいのが難点だ。

 驚愕に目を剥いた騎士団長の鳩尾に、すかさず固めた拳を叩き込めば、声もなく床に沈み、鈍い音が辺りに響いた。

「リンド!?」

「ぐ……っ」

 ――流石は騎士団長と言うところだろうか。

 随分丈夫な腹筋だ。普通の相手なら、完全に悶絶気絶コースの筈なのに、膝をついただけなんて驚きだ。

 まあ、暫く立ち上がることは出来ないだろうから良しとしよう。

 感心しながら、ちょっと痛んだ拳を開いてひらひらと振る。

「たかが女ふたりにのされてしまうなんて、騎士団長というのも大したことはありませんのね」

 ばさりと乱れた髪を払い、いつの間にか剣帯を腰に巻いていたニナから、自分のそれを受け取り、慣れた手つきで剣を佩く。愛用の暗器が収められた革のポーチを剣帯に吊して、ユフィーナは最後に優雅な仕草で一礼した。

「では、ごきげんよう、殿下。――それから」

 目の前に立てた親指を、くっと床に向ける。

「一昨日来やがれ、クソッタレ」
< 19 / 22 >

この作品をシェア

pagetop