プレシャス
パタパタと急ぎ足
見当たらない姿にバックヤードへの扉を通りすぎた瞬間。
「きゃっ」
「あ、志穂さん」
扉が開くのと同時に ひょっこりと顔を出す人が一人。
大きなバット一面の氷の固まりを抱えてる坂井君が見えた。
「いらっしゃい、早かったね」
あたしを見るなり優しく目を細めると。
店内からは見えないようにと大きな体を小さく屈ませる坂井君。
「…坂井君、それ以上は小さくならないよ?」
「……そこ突っ込まないで」
バツ悪そうなその顔がなんか可愛くて
思わずクスクス笑うあたし。
「来るの8時くらいって言ってなかった?」
「あ、頼子がね?あんまり急かすから早めに切り上げてきたの」
テーブルの方を覗くと、すでにハイになってる頼子が見えて。
「ははっ、まだ飲んでないのにテンション高い」
明日は二日酔い確定だって笑う坂井君。
「じゃあ、ゆっくり楽しんで」
「坂井君も頑張ってね」
あの日から。
ちょっとだけ…
今までと違うあたしと坂井君。
ただの店員とお客だけど
そうじゃなくて
“友達”みたいで
でも
友達でもなくて。
まるで
それは…
「あ、志穂さん、閉店までいるなら声かけて?」
「えっ?でも」
「いいから」
それは
“恋人”
……みたいな。
そう
あの日
坂井君が言い出した“練習”
それが
今のあたしと坂井君の関係。
友達よりは少しだけ近くて
恋人よりは少し離れてる
そんな距離。
でも
「俺いるのに、一人で帰したくないから」
さりげなく
特別に扱うそんな優しい瞳に
なんか
ずっと…
ドキドキ
…するんです