ゴースト ――あたしの中の、良からぬ……
「そういや、実技での柚希のデッサン、ずいぶん評判だったらしいよ」

「え? そうなの? 好き勝手に描いたのに」

「それが受けたみたい。ずいぶん個性的だって」


3時間のデッサン。

実は、形だけ正確に取ったら、あとは好き勝手に描いちゃったんだ。


(何も頭で考えずに、心で感じて、絵を描いてみるといいよ)


薫さんにあのとき言われたとおりに。

途中であたしは、受験だということさえすっかり忘れて、とっても楽しく描いていた。



「ケーキがあるけど食べる?」

「うん、食べる」


智弘さんは穏やかに微笑むと、あたしに椅子に座るように手で示して、キッチンの方へゆったり歩いていった。


(あたしも、いつまでも薫さんのことばかり考えてちゃいけないな)


その智弘さんの背中を見ながら、そんなことを考えた。


実際、あたしは智弘さんに何の不満もなかった。

真面目で、いつも紳士的で、やさしくて、穏やかで、聡明で。

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