あなたの”その”足元へ
   *
バイトから帰っても、すぐに寝る気分になれなかった。

ただ、深夜テレビを見続けていると、玄関が空く音がした。

廊下のドアを開けると、壁に手をつき、ヒールを引っ張りはがしていた。


「おかえり」


綺樹は左足のヒールを、玄関のたたきにほおり投げながら、ちらりと見上げた。

化粧していた顔は素顔に戻っていた。


「ん」


およそ愛想の無い返事だ。


「泊まらなかったんだ」


綺樹はキッチンに入ると、冷蔵庫から水のペットボトルを出した。

一拍して返事が返ってくる。


「泊まらない。
 男と一緒に朝まで過ごさない」


どことなく上の空で答えて、グラスの水を飲み干した。


「ふ~ん。
 彼氏、文句言わない?」


なんでこんなことを聞くのか、自分でも理解不能だった。


「彼氏?」


問いかけた後の一瞬の間で、理解したようだ。


「彼氏じゃない。
 あいつは、あの時ひっかけただけ」

「ひっかけた」
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