泣き顔の白猫

思わず、街灯の灯りから外れた暗闇に身を潜めて、様子を窺う。

店の前に、人影が見えた。
明らかにマスターではないとわかる小柄さだが、暗くてよくは見えない。

人影は、扉を開いた。


職業病というべきか、なにか不審なものを感じ取って、加原は『りんご』に近付いた。
窓からこっそりと覗き込むと、人影は、カウンターのあたりで何やらごそごそと動いている。
真っ暗な店内で、電気も点けずに。

加原は、扉に手をかけた。

――からん、

ゆっくりと、ゆっくりと扉を開いたが、ベルはかすかに音を立てた。

人影が、びくりと固まった気配を感じる。
その頃にはもうその正体には予想がついていて、だから暗闇から細い声が聞こえた時も、加原は驚かなかった。

「誰?」
「……俺」
「え? ……加原、さん?」

おれ、の一言だけでその答えが返ってきたことの方に、驚く。

「えっ……と、ごめん、勝手に入って来て。通りかかったら、誰か入ってくの見えたから」

言いながら壁際を手で探っていると、人影が近づいてくるのが、足音と空気の動きでわかる。
カウンター伝いに移動しているのか、時々、椅子の足がかたんとずれる音がする。

やっとほの明るい窓の近くに来たその人は、丸い目をさらにまん丸くして、加原を見ていた。

「……名波ちゃん」

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