泣き顔の白猫
◇
名波は、戸惑っていた。
表情には何も出ていないが、驚き、目を疑い、狼狽え、困惑していた。
出勤途中の路上。
角を曲がればもう『喫茶りんご』という、細い道だった。
目の前には、見覚えのある男が立っている。
五年前、「畑野くんについて話を聞かせてほしい」と言って、最初に名波を迎えに来た刑事だ。
名波は、男とじっと向かい合っていた。
一瞬だけ、バッグの中を覗き見る。
さっきからずっと鳴っていた携帯電話のバイブレーションは、いつの間にか止まったらしい。
代わりに、白いランプが点滅していた。
変な意地を張っていないで、電話に出ていればよかったのだ。
(加原さん……っ、)
男は、唐突に右腕に触れると、ぐるぐると巻いてあった包帯を外しはじめた。
名波が動けないまま見ていると、やがて中からは、浅い切り傷と、丸めた拳が現れる。
その手が握っているのは、ナイフだった。
名波は、両手で肩にかけたバッグのベルトをぎゅっと握る。
「…………安本さん」
出した声は、震えていた。
「私を、殺しに来たんですか……?」