泣き顔の白猫
「俺のせいなんだよ」
安本が言う。
名波は、雰囲気の変化を感じ取って、口をつぐんだ。
「滝元さん、覚えてるか」
突然出てきた名前に、名波の目が大きく見開かれる。
忘れるわけがない。
『今日は上司も来てましてね……詳しい話を聞きたいので、ちょっと署までご同行ください』
あの日そう言った安元が、上司だと紹介した男の名前を。
滝元ですが、と高圧的な態度で名乗り、事件とは直接関係のない個人的なことまで根掘り葉掘り問い詰め、挙げ句決めつけたように言った男の名前を。
『初めてだったの? 女の子ってそういうの気にするって聞いたけど……』
『体まで許したのに、ねぇ。遊ばれてたってわかって、キレて刺しちゃったんじゃないの?』
全身の血が沸騰しそうに感じた。
あの頃はあんなにすべてがどうでもよくて、早く終わってくれればいいのにと思っていたのに。
自分の中に、まだこんな激情があったなんて。
「滝元さんな、三年前に旭岡に異動になって……行った先で、殉職した。ヤクザに刺されて」
「そ……れが、なんですか」
「五年前のことは……俺のせいなんだよ。俺が言ったから」
震える声を抑えて、「なんの話ですか」と言う。
安本は、情けない声を返した。
「他意はなかったんだよ……」
ただの、世間話のつもりだった。
二股をかけていた男子高校生が、刺された。
話題性のある事件だ。
もしあの平河という子が犯人だとしたら。
そんな、仮定ですらない次元の話であるはずだった。
『まぁ、女の子っていうのは、そういう……初体験とかって、気にするもんらしいですからねぇ。裏切られたって知ったら、傷付くんでしょうね……』