泣き顔の白猫

は、と、加原は息を吐き出した。
笑ったようにも聞こえたが、彼の表情は、悲痛に歪んでいた。

「なんで」

安本が、目を伏せる。


「なんで黙って従ったんですかっ!!!」


発火は急で、そして、爆発的だった。
名波がびくりと身を縮める。


「なんで力ずくでも止めなかったんですか!! なんで告発しなかったんですか!! 証拠くらいどっかに見つかったかもしれないでしょう!!」


安本の胸ぐらを掴み上げる。
真っ白になるほど握った拳。

「なんでっ……!!」

囁きのような、裏返った声。

「その時に、事件を洗い直してれば!! 出てこれたかもしれないのに!!」

名波がはじめて見る加原の“怒り”は、他でもない、名波のためだった。

「ヤスさんしか……!! 彼女の冤罪を晴らせたのは、ヤスさんだけだったのに……っ!!」


加原にされるがままがくがくと揺さぶられていた安本は、やがて、静かに言った。

「だから、だよ」


そしておもむろに加原の胸ぐらを掴み返すと、右手を振りかぶった。
場違いなほど穏やかな陽を受けて、ナイフがきらりと反射する。


「加原さんっ!!」


名波の悲鳴は、泣き声のようだった。

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