泣き顔の白猫
加原は受け身も取れずに吹っ飛んだが、幸いなことに、血を噴き出して倒れる、なんてことにはなっていなかった。
殴ったのは、ナイフの柄を握った拳でだったようだ。
だが油断していたのか、まともに脳を揺さぶれ、体を起こすまでに数秒のブランクが生じる。
その間に安本は、名波を盾に、彼女の細い首にナイフを突き付けていた。
「ヤスさんっ……! あんた自分が何してるかわかって、」
「罪滅ぼしのつもりだったんだよ」
物凄い形相で噛み付くが、迂闊に近づけないでいる加原に向かって、安本は言った。
「滝元さんが死んだって聞いた時によ、思ったんだ。平河名波に、丸井秀平に知らせてやりたかったって」
「は……?」
「復讐なんだよ。俺のせいで、俺がなんとなく言った一言のせいで、この子はこんな仕打ちを受けた。俺が上司に逆らう度胸がなかったせいで、丸井秀平はただ、死んだ。俺が始末をつけるのが当然ってもんだろ」
「何バカなこと言ってんですか……っ」
安本は、息を吐き出すように笑った。
「言うじゃねーか。言っとくけどな、お前が真相に辿り着くのも、ちゃんと計算ずくだったよ」
「え、」