泣き顔の白猫


「それなのに、加原さん、なんにもわかってないから」

責めるような口調。
引き留めて唇まで奪ってしまった加原は、そろりと目を泳がせた。

「いや……だって、泣きながらさよならなんて言うから」
「な、何言ってるんですか! 泣いてませんっ」

途端に唇を尖らせて抗議する名波に、加原はなおも言う。

「泣いてたよ、可愛かったもん、名波ちゃんの泣き顔」
「……っ、セクハラです」
「え、ちょっと、それは反則」
「なんでそんな恥ずかしいこと平気で言えるんですかっ」

そっぽを向く名波に、加原の頬は緩む。
ちらりと見えた頬と、黒い髪の間から覗く耳が、赤く染まっていた。

「ごめんね、冗談。機嫌直して」
「……ほんとは、怒ってなんかないんです」
「え?」
「鈴木くんたちのこと、どう思ってるか聞かれた時に。私、疑われてるんだって気付きました、けど」
「それは……ごめん、どうかしてたんだ、俺」
「違うんです」
「え?」

名波は振り向いて、加原も目を合わせた。


「加原さんは、刑事だから」


今度は加原が、目をそらす。

自分を殺人犯と疑った男を、こんなにまっすぐに見つめてくれる名波と、これ以上視線を合わせていられなかった。
加原さん、と名波が呼ぶ。

「信じるって言ってくれて、私の言葉はちゃんと信じようとしてくれて、嬉しかったです。けど、でも、それ以上に、そう思って」
「……ごめん」
「謝らないでください。すごいって思ったんです」
「すごくないよ全然。あ、バスで行く? 歩く?」
「……なんで真面目に聞いてくれないんですか」

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