泣き顔の白猫
乾いたドアベルの音に目を向けたマスターは、加原の手の包帯を一瞥したが、特に何を言ってくることもなかった。
それも今の加原にとっては、ありがたい。
行きつけの飲み屋の店長じゃ、こんなふうにさらりと流してはくれないだろう。
店内には他にも、二、三人の客がいた。
テーブル席で文庫本を広げたり、書き物をしていたりと、行動は様々だが、すでに十分長居していることだけは窺える。
加原は食べ終えたらすぐに出るつもりで、カウンターの端の席を選択した。
一人で食事をする時でさえゆっくりと落ち着けないのは、職業病かもしれない。
そんなことを考えながら、ふと、テーブルに差し出されたグラスに目を移した時だった。
その手が、女性のものであることに気が付いたのだ。