泣き顔の白猫
喫茶『りんご』
名波が初めて『喫茶りんご』の扉を開いたのは、加原と出会う、ほんの一ヶ月ほど前のことだった。
つまり、今から逆算しても、二ヶ月も経っていない。
雪もやっと溶けはじめて、あちこちで色々な花が蕾を出した頃だった。
名波は、眩しさに目を細めたあと、今度は言いようのないやるせなさにもう一度、目を細めた。
その日は、しばらくここを離れていた名波が五年ぶりに館町へ戻ってきた日であり、同時に、長いこと女手一つで育ててくれた母親の、二回目の命日でもあった。
なんとなく、生きる気力は持っていなかった。
捨ててしまったというにはあまりにもきっかけがなかったので、枯れてしまったと言った方がいい。
久しぶりに歩いた懐かしい道は、些細な変化を沢山遂げていた。