泣き顔の白猫


「オムライス、お待ちどおさま」

形は母のものより格段に整っていたが、特別、感動するような美味しさだったわけでもない。
いつも空いていて居心地が良いわけでもなく、メニューは幅広かったが、値段はわりと安め、という程度だ。

それでも名波はその日からなぜか、『りんご』に通うようになった。


三回来た客の顔と名前は覚えることにする、というのが、マスター(彼がそう呼ぶように言ったわけではないが、他の客は皆そう呼んでいるようだった)の持論らしい。
寡黙な人かと思っていたらそうでもなく、低くよく通る声でぽそりと話しかけてくることがよくあった。

名波は決してお喋りな方ではない。
それでも何が波長が合うのか、スローペースな会話は、ぼつぼつと細切れになることはなかった。

そもそも、カウンターに座るからマスターが話しかけてくるのであって、それが嫌ならテーブル席に行けばいいだけの話だ。
それをしないというのは、嫌じゃないということなのだろう。

そのことに自分で気付いたのは、初めて来てから、二週間ほども経ってからだった。

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