泣き顔の白猫
威嚇するような上目遣いに、マスターはわずかに、目を瞠った。
これだけ唐突なら、冗談で言っているなんて思う人は、まずいないだろう。
――引けばいい。
投げやりに、そんなことを思った。
マスターは何も答えずに、視線を逸らして、目の横を掻いた。
何か考えているようにも、何も考えていないようにも、どちらともとれる表情だった。
あまりにも長い間無言なので、何も答える気がないか、聞かなかったことにされたのか、と、名波が思い始めた頃だった。
俯いて黙々と食器を拭いていたマスターが、最後のカップとソーサーを棚に仕舞って、名波に向き直った。
そして、言った。
「名波ちゃん、うちで働かないかい」
いつも通りの、静かで穏やかで、よく響く低音だった。
名波は、ただ、頷いた。