泣き顔の白猫
「あぁ、もうこんな時間かー」
加原は、縦に重なりそうな時計の針を見て、呟いた。
背後を見渡すと、いつの間にか客は加原一人になっていた。
日が変わる前に閉めてしまいたいんですが、と笑って言うマスターに、苦笑いで謝る。
「あ……すいません、連日遅くまで」
「いえ、そういう店ですから。名波ちゃん」
自分でも時計を覗き込むとマスターは、食器の片付けを急ぐ名波を振り返った。
布巾を手にした名波が、返事をする。
「今日はもう上がっていいですよ。片付けもあと少しだし」
「え? でも……」
「あ、俺」
名波がなにか言う前に、加原は声を上げた。
二人の視線が、同時にこちらを向く。
なんとなく、ぼんやりだが、そのマスターの親切には意図がある気がしたのだ。
客である加原がいる前で、あえてそんなことを切り出した理由が。
スツールから立ち上がって、上着を取りながら言う。
「名波ちゃん、送っていきますよ。歩いて来てるんだよね?」
前半はマスターに許可をとるように、後半は名波への確認のように。
名波は、ぱちりと、あの瞬きをした。