泣き顔の白猫
「え……そうです、けど、大丈夫です、そんな」
「いやいや、本当に危ないよ? 例の不審死だって、皆このぐらいの夜中なんだから」
名波は戸惑ったように、加原とマスターの顔を見比べる。
マスターは、お好きに、とでも言うように、名波の視線を受け流した。
「や、嫌なら無理にとは言わないけど」
「あ、そういうつもりじゃ……でも加原さんが遠回りになるかも」
「そんなの、気にしなくても。ほら、荷物取って来なよ」
「あの……じゃあ、えっと、おねがいします」
きちんと目を合わせて言われると、今さらながらに少し照れくさい。
お疲れさまでした、とマスターにも小さく頭を下げて、名波は奥へ入って行った。
仕事は少しだけ残っているが、加原を待たせるわけにもいかない。
足取りには、そんな躊躇が感じられた。
加原は、マスターをちらりと見やる。
名波を少しでも早く帰してやりたかったのか、それとも、名波の帰り道を心配したのか。
これでよかったのか、という確認のつもりで向けた視線だったが、彼はやはり、小さく穏やかに笑うだけだ。
「……釘指しとこうとか、ないんですね」
「刑事ですからね、加原さんは」
「……ですよねえ……」
その言葉が加原にとって一番太い釘だということも、わかっている笑顔だった。