泣き顔の白猫


「あ、桜」

加原の実家にいる犬の話や、館町名物のハンバーガーショップの話、美味しい和菓子屋の話。
そんな当たり障りのない会話をしながら歩いていると、名波が不意に、そう声を上げた。

夜中だからと少し抑え気味で話していたそれまでと、ほとんど変わらない声色。

彼女の視線に倣ってその方向を見上げると、大きな桜の木が、月明かりを花で白く反射して、音もなく揺れている。

「おー……綺麗」

日の光と青い空の下で見ればあんなに爽やかな花は、ただ背景が暗闇というだけで、まるで別物みたいに妖艶に見える。

夜桜なんて久しぶりに見た、と呟く加原を、名波が振り返った。

「加原さ」

その声が、ぴたりと、遮られる。

丸い目をさらに丸くして肩を竦めた名波が、驚いた猫にそっくりに見えて、加原は思わず吹き出した。
髪に触れた手でそのまま頭を撫でると、「なん、ですか」と、ぎこちない声がその下から聞こえる。

「髪に花びらがついてたよ」


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