泣き顔の白猫
ざあ、と風が吹いて、桜と二人の髪を揺らす。
口を噤んだ。
その瞬間の名波は、加原が今までに見た中で一番、“名波らしく”なかったのだ。
表情はいつもと同じ、無表情だったはずだ。
なのになぜか、そう感じた。
風がもう一度吹くと、そんな儚くて幻影みたいな名波の印象は、消えていた。
また目を伏せてしまっている。
けれど、小さく声が聞こえてきた。
「……雑貨屋さん……好き、です」
好き、という言葉を耳が拾って、大人気なく心臓が跳ねる。
それからそれが少し遠回しな返事だと気付いて、加原は思いきり、頬を緩ませたのだった。
――この時、もし名波が顔を上げていたら。
もし加原が、名波の顔を覗き込んでいたら。
そしたら、その後の彼らの関係は、少なからず変わっていたのだろうか。
名波の、ほんの少しだけ泣きそうな淋しそうな表情を、もしも見ていたとしたら。