泣き顔の白猫

そんな中身のないやりとりをしている間に、マスターがフライパンを置く。
ソースのいい匂いが鼻を擽って、思い出したように腹の虫が騒ぎ出しそうだ。

「ハイ、これお願いね」

強面に似合わない柔らかい口調で、マスターが言った。

女性は皿を取りに一度カウンターの中へ引っ込んだのだが、なにやらキョロキョロと棚を見回している。
加原が来ていなかったこの一ヶ月の間に入ったばかりらしいのだから、まだ完璧に把握していなくても仕方がないのかもしれない。

やがて運ばれてきた皿を前に、いただきます、と口の中で呟いた。
相変わらずボリュームたっぷり、食欲をそそる香りだ。

そして、怪我をした右手を庇いながら左手で箸を持とうとして、加原は「あ」と小さく声を上げた。

皿の横には、箸と一緒に、フォークが置かれていたのだ。

思わず顔を上げて、女性を見る。
彼女は加原と目が合うと、無表情のまま、つ、と視線を外した。
素っ気ないその仕草が、やけに不器用に見える。

きっと、頬杖を突いた加原の右手の指に、包帯が巻かれているのを見たのだろう。
長いこと一人でやっていたマスターが、急に彼女を雇った理由が、なんとなくわかった気がした。

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