泣き顔の白猫
名波がバスに乗ったのは、十二時より少し前のことだった。
乗るつもりだったバスが、予定より五分ほど遅れてバス停に到着したのだ。
加原に連絡をいれておくべきか悩んだが、今日は映画を観に行くわけでもないし、店の予約をしているわけでもない。
少し遅れるくらいは問題ないだろうと、マナーモードに設定してバスのステップを上がった。
そして少し経った頃だった。
ショルダーバッグの中で、携帯電話が震える。
『加原さん』の表示に心臓が跳ねるが、バスの中では電話に出られない。
留守番電話に切り替わったらしく、着信が止んだあと、今度は短い震えが手に伝わる。
加原からのメールだとすぐにわかったのは、こっそり覗き見た光の点滅が、設定した白だったからだ。
せめて乗客が減ってから見よう、と思って、名波は席に深く腰かけた。
上下へのわずかな揺れが、眠気を誘う。
寝過ごしてはいけないと、窓の外を見たら、いやというほど見覚えのある風景が目に移った。