泣き顔の白猫
「どういう字書くんですか?」
「加えるに原っぱの原。名前は雪の人で雪人ね」
頭の中で文字にしてみたのか、一瞬の間を置いて、「はい」と頷く。
「ありがとうございます」
「いえ、こっちこそ。人に聞かれて自己紹介したの、久しぶりだなぁ」
「すっかりお疲れですねぇ」
マスターがカウンターの中でカップを拭きながら、「そんな加原さんには名波ちゃんのコーヒーがおすすめですよ」と軽口を叩く。
セールストーク下手すぎですよ、と笑いながら返してから、加原は隣の女性に顔を向けた。
「ななみちゃん、ていうの?」
「あ、はい。名前の名に、海の波で」
その返事の丁寧さと、常連客の名前まで覚えようという努力から、真面目さが窺える。
見たところ、加原よりも少し年下のようだ。
二十代前半といったところか。
若いのにしっかりしてるなぁ、なんて若くないことを考える。
「波の名前かぁ……いいね、港町らしくて」
「名波ちゃん、小さい時からこの辺だそうですよ」
「そーなんだ。俺もだよ、生まれた時から館町」
マスターがいつもより饒舌なのは、口下手そうな名波のフォローなのだろう。
加原は、いつになくリラックスしている自分に気がついていた。
そしてそれが、たぶん、隣にいる彼女のおかげなのだろう、ということも。