泣き顔の白猫
ちょうど、『りんご』へ向かう曲がり道の手前。
少し広い通りを挟んだ向かいの道を歩く人物に、加原は自分の目か頭を疑った。
「……名波ちゃん……?」
下を向いて歩く、黒髪の小柄な女性。
視界の端に入ったそれだけの情報で加原の注意を引き、よくよく見て名波だと確信できたのは、単に加原の視力のおかげだけではないだろう。
加原は、点滅し始めた青信号を急いで渡った。
名波らしき後ろ姿を、数十歩分ほど離れて追う。
加原との約束がなくなったあと、どこかで暇を潰していたのだろうか。
まさか他の誰かと、と考えかけて、加原は立ち止まった。
中身を散らかすように頭を振る。
加原がどうこう言えることではもちろんないが、できるだけ考えたくはない。
帰り道なら一人では危ないんじゃ、と、声をかけるか迷っていた加原の前で、名波は予想外の行動に出た。
曲がり角を、左に曲がったのだ。
名波の家は、さっき加原が歩いていた向かいの道を、右に曲がった方向だ。
りんごを過ぎて左に曲がり、さらに右に曲がると、以前二人で通った桜の木のある道に出る。
これから帰るところではないというのは、明らかだった。
それにしても、名波が向かっている方向には、工場と線路と海くらいしかない。
そんな辺鄙なところに、こんな時間に開いている店もないはずだ。
腕時計を再び確認すると、いつの間にか十二時を過ぎていた。
(こんな時間に、どこに……?)
加原がそう思ったのは、無意識にも、“刑事として”だった。