泣き顔の白猫
松前佳奈子の死が事故ではないという根拠は、数多く残されていた。
まず、現場の小さな湾は、夜間の一般人の立ち入りは禁止されている。
至るところに鎖が渡され、入るには、これを潜るか跨ぐかしなければいけない。
普通、二十三歳の女性が夜中に一人で入ろうとする場所ではないだろう。
遺体からはアルコールも検出されなかったので、彼女は素面であったと言える。
さらに、現場は湾の一部とはいえ船が出入りする場所からは離れており、防波堤があって、さらにテトラポットが積まれている。
防波堤の上に乗って思いきり飛び込むか、勢いをつけて突き飛ばされるかしない限りは、海まで到達しないのだ。
そこから人が海へ落ちたという前例もなく、どうも事故とは考えにくい。
そうなると自然と可能性は自殺か殺人かに限られるわけだが、これがまた決定的だった。
被害者の体のあちこちに、抵抗の痕と見られる傷がたくさんあるのだ。
それは靴底の痕だったり、爪で引っ掻かれた傷だったり。
脚に大きな擦り傷があったが、被害者の皮膚の一部や血液が、防波堤の角や、道路のコンクリートから発見された。
転んだりぶつけたりした時についたものだろう。