スミダハイツ~隣人恋愛録~
まるで意味がわからなかったが、それでも晴香は、自分と201号室の住人との、似通った何かを感じ取った。

201号室の住人は言う。



「もう一度会って、ありったけの文句を言ってやれば、俺自身がすっきりできたのかもしれない。でももう、それはできないから」

「………」

「正直、今でも時々思い出しては、何でだよ、って思うんだ。でも、それだけ。それ以上も以下もないから、抱えて生きていくしかない」

「………」

「忘れられるわけないよ。だってそういうことを積み重ねた人生の上に、今の俺があるんだから。よくも悪くもだけど」


だから、『抱えて生きていくしかない』のだ。


思い返せば、彼との思い出は、悪いことばかりじゃなかった。

たとえ嘘で積み重ねられた日々だったとしても、私は確かにあの頃、幸せだと思っていたのだから。



「じゃあ、あなたは何に『臆病』になっているんですか?」

「今好きな女に対して、かな」


201号室の住人は、自嘲気味に笑う。



「あいつ多分、顔には出さないけど、俺に対して不安に思ってると思うんだ。あいつだけに言わせて、いつまで経っても俺は好きだって言わないから」

「………」

「あ、そうだ。まずは、防犯のために携帯の番号教えてって言ってみるかな。よく考えたら、ヤルことだけヤッてて、携帯の番号ひとつ知らないなんてのも変だし」


何の話だ。

突っ込もうとしたら、それより先に、201号室の住人は、空を仰いで、



「麻子ー!」


少しして、202号室の窓が開く。



「何よぉ、榊くん。そこから叫ばないでっていつも言ってるでしょ。私はねぇ、今、大事な企画書を作ってて」

「お前、携帯教えろよ」

「……は?」

「防犯のためだ」


まさかと思った。

201号室の住人の『好きな女』が、202号室の住人のことだったなんて、と。
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