スミダハイツ~隣人恋愛録~
良太郎は自室でひとり、味噌汁をすすった。
「うん。やはり昆布だしはいい。心に沁みるような味だ」
まさに、至福。
良太郎は『洋食亭ササキ』の料理人だが、食べるのはもっぱら、和食だ。
仕事でさんざん料理をしているため、家では自炊を嫌がる料理人も多いが、良太郎はそうではなかった。
店では味わえない和食を、静かに、ゆっくりと堪能する。
「それに何より、このタイの塩焼き。旬のものを食するということは、つまりは四季を感じるということであり、健康にも」
ドンドンドンドン。
良太郎の愉悦を遮り、ドアを叩く音が聞こえてきた。
これじゃあ、ノックとは呼べないどころか、まるで借金取りが押し掛けてきたみたいだ。
「良ちーん! あたしー!」
わかっています。
心の中でそう返事をし、良太郎は箸を置いて席を立った。
ドアを開けると、生足を惜しげもなく晒した派手な隣人・鮎原 ミサが、「たっだいまー」と笑う。
あなたの部屋はここではなくて103号室でしょうが。
とは、毎度のことなので言わない。
「お腹空いたー。何か食べるもんあるー?」
ミサは、言いながら、ずけずけと上がり込んで来た。
「あ、それ、サバっしょ? あたし好きなんだよねぇ、サバ」
サバではなくてタイだ。
と、いうか、好きな魚ならどうして見た目でわからない。
言いたいことは山ほどあったが、でも言っても無駄だとわかっているため、良太郎はそれらすべてをぐっとこらえた。