スミダハイツ~隣人恋愛録~
良太郎は今まで、『好き』は、美しいものだと思っていた。

しかし榊は、そうではないと言う。



「……どういう意味でしょう?」

「だから、つまり、『好き』になると、人間はみんな、醜くなるんだよ。相手のことを知りたい、もっと一緒にいたい、自分のことだけ考えててほしい、って」

「はぁ……」

「ヤリたいと思うのは、その最たるものだ。どう頑張ったって、相手と心を繋ぎ合わせることはできない。で、どうしようもなく不安になるからこそ、体を繋ぎたがる」


良太郎は、榊を崇拝する気持ちになった。

榊は、良太郎の目から見れば、恋愛の神様みたいだったのだ。



「ですが、僕は、『好き』と思うより先に、ミサさんの体に興味を示してしまいました」

「うん。でも、それも理由のひとつだよ」


榊は煙草を咥え、長く煙を吐き出しながら、



「一目惚れってあるだろ? あれって顔しか見てないわけじゃん? それと同じ。体でも、確かにそれはそいつの一部なわけじゃんか?」

「ですね」

「俺はその『好き』を否定する気はない。もちろん相手の性格は大事な要素だけど。でも、すげぇムカつくやつを愛しちゃう場合もあるしさ、世の中」

「……そんなものでしょうか?」

「そんなもんだよ、『好き』のきっかけなんて。本人にしかわからないことだし、他人がわかる必要のないことだ」


榊の言葉は、まるで、良太郎の中にある絡まった糸のひとつひとつをほどいてくれているみたいで。

良太郎は、自然と気持ちが落ち着いた。



「榊さんの最初のきっかけは、どういうものだったんですか?」

「うん?」

「麻子さんの、どこを『好き』になったんですか?」


榊は苦笑いする。



「今考えてみれば、隣に美人が引っ越してきたなと思った時から、俺は麻子のことが気になってたんだと思う。な? 俺だってお前と同じ、不純な動機さ」


良太郎は、それを聞き、思わず声を立てて笑ってしまった。


『そんなもん』でいいのだろう。

良太郎は、やっと、今晩こそは安堵して眠れるだろうという気がした。

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