スミダハイツ~隣人恋愛録~
しかし、その一方で、頭の片隅にはひどく冷静な自分もいた。



確かに豊田はまったくの他人ではないし、むしろいいところもそれなりに知っている仲だ。

が、豊田とセックスがしたいと思うかと問われると、良太郎は首をひねらざるを得ない。


それどころか、きっと、豊田があの時のミサとまったく同じように寝入っていたとしても、自分がそこまで興奮するとも思えなかったのだ。



「堀内さん」


答えを急かすように良太郎の名前を呼ぶ豊田。

しかし、それを遮るように、良太郎のポケットの中の携帯が震えた。


着信画面には、ミサの名前があった。



良太郎は「わっ!」と驚いて携帯を落としそうになったが、豊田に「ちょっとすいません」と断りを入れ、どうにか通話ボタンを押した。



「良ちーん! 何で家にいないのよぉ!」


ミサの不貞腐れたような声がスピーカーを通して響く。



「あたしお腹空いて死にそうなんだけどー! 良ちんはあたしが餓死してもいいっていうのー? ひどくなーい?」


電話口のミサは、空腹でとんでもない被害妄想に陥ってしまっているらしい。

良太郎は息を吐いた。



「そんなことを言われましても。大体、ミサさん、お給料をもらったばかりでしょう? そうじゃなかったとしても、奢ってくれる男性ならたくさんいると思いますが」

「はぁ? うっさい! あたしは良ちんのご飯が食べたいって言ってんだから、今すぐ帰ってきなさいよ!」


なんて横暴な。

良太郎は、思わず口元を引き攣らせてしまうが、



「っていうか、あたしこの前、良ちんの部屋で寝たまま、朝起きて遅刻しそうだったからすぐ帰ったじゃん? それからはテストとかでバタバタしてて、良ちんとちゃんと話せなかったしさぁ。いい加減、気になって仕方がないんだよね、榊のネタ」


ミサらしいなと思ったら、ちょっと笑えてきた。
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