スミダハイツ~隣人恋愛録~
「榊はさぁ、あのアパートで暮らし始めて何年?」

「んー。23の時に1年間留学してて、それから帰国してすぐの時からだから」

「えぇ?! 榊のくせに、留学?! あんた英語喋れんの?!」

「いや、パリにいたから英語は喋れないけど」


人は見掛けに寄らないとは、まさにこのことだ。

未だかつて、榊の発言にここまで驚かされたことはあっただろうか。



「確か、デザイナーだっけ? すごいよねぇ。あたしなんて将来のことはまだ何も考えてないのに。ねぇ、どうしてデザイナーになろうと思ったの?」

「俺はこの世に生まれ落ちてきた時すでに、デザイナーになる天分の才があって」

「いや、そういう冗談はいいから。あたし真面目に聞いてんだけど」


遮ると、榊は苦笑いを向けてくる。



「高校生の時に、読者モデルにスカウトされて。それで服に興味を持った」

「読者モデルって! マジで?!」


また飛び出したとんでもない発言に、ミサは目を白黒させる。

が、榊はそんなミサの驚きを無視し、



「ほら、人ってきっちりした服を着ると、気持ちまでびしっとするだろ? たかが服が違うだけなのにだぞ? これってすごくね?」

「あー、わかる気がする」

「服ってすげぇんだなぁ、って思った。俺の作った服で人をそういう気持ちにさせられたらなぁ、って。だから服飾系の専門学校に進んで、今こんな感じ」

「ふうん。人に歴史ありって感じか」


ミサだって着飾るのは好きだが、服自体にはそこまでの興味も思い入れもない。

むしろ、季節が過ぎて次の年になれば、どんなに可愛かった服も流行遅れのださいものでしかなくなるのだ。


今まではその度に簡単に捨てたりしていたが、榊の言葉を聞き、少しはそんな自分を改めようと思った。



「あたしさぁ、趣味すらないもん。ほんと、何のために大学に通ってるんだかって感じだよ」

「まぁ、そういうことは、俺より麻子に聞くべきだと思うけど。進路の相談、してみろよ。多分、あいつの方が、俺よりお前の気持ちわかると思うし」

「だね。今度色々聞いてみる」


ミサは先ほど、麻子を『隣の部屋の女』呼ばわりしたわけだが、榊はそれを咎めるどころか、逆にアドバイスをしてくれたのだ。

口には出さないけど、申し訳なさと感謝は感じた。
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