スミダハイツ~隣人恋愛録~
随分と、夜は冷え込むようになった。
榊は腕の中で寝息を立てる麻子を引き寄せ、おでこにくちづけを添える。
「んんっ」
うなりながらも、麻子は薄目を開けた。
「そんな恰好で寝てちゃあ、風邪引くぞ」
「こんな恰好にさせたのは誰かしら」
「俺。だから風邪を引かせるわけにはいかないと思ったんだけど。それとももう一回したい?」
『スミダハイツ』の夜は、異様なまでに静かだ。
壁が薄いのに物音ひとつ聞こえてこない。
だから時々、実は他の住人は夜になると姿を消してしまうんじゃないかとすら思ったりする。
榊が麻子の首筋を舐めると、
「ちょっと。もう、くすぐったいってば。わかったから」
身をよじりながら、麻子は半身を起こしてベッドの脇に投げ捨てられたパジャマを手繰り寄せた。
カーテンの隙間から漏れる月明かり。
榊は安らかな安堵感を噛み締めながら、でも同時に、それに少し恐怖した。
「……榊くん?」
名前を呼ばれてはっとする。
「あぁ、悪い。寝ろよ」
「榊くんは寝ないの?」
「俺は部屋に戻って仕事の続きをするよ。早めに形にしておきたいデザインがあるし」
榊はベッドから抜け出る。
布団の中であたたまっていたはずの体が、急激に熱を奪われていくのがわかる。
ほんとはもっと、ずっと麻子と一緒にいたいと思っている。
けど、でも、だからこそ、榊は距離を取る。
寂しそうな顔をする麻子に気付かないふりをして、榊は202号室を出た。