空に知られぬ雪
 先ほど大騒ぎをしていた佐山のいるチームが劣勢らしく、彼は頑張れと喚いている。これ以上何を頑張れと言うのだ、と、誰かが怒鳴り返してどっと笑いが起きる。何しろ、コートに残っているのはたった一人なのである。
 残りは一人だ、やっちまえ、と、誰かが叫ぶ。それを合図に始まった集中砲火のような攻撃を必死に避けながら、たった一人でコートに残された男子生徒は、コートの向こうで無責任に応援だけをする佐山に何事かを怒鳴り返す。こうなってしまったからには防御に徹するしかないのだろうが、多勢に無勢となった状況はさすがにきついのだろう。顔つきは、いやに真剣だ。
 見ているだけの女子生徒たちも、さすがにその状況が気の毒になってきたのか、きゃあきゃあと言う声もわずかなりとも静まってきたようだ。
 勝負は決まっているというのに頑張らされているその男子生徒は、クラスでも一番小柄な少年だ。その小柄な身体を活かした敏捷さでもって今の状況を作り出したのだが、本人としても不本意であったのかもしれない。
 件の男子生徒―西野拓弥は、誰もが振り返るような美少年、というのとはちょっと違う。運動神経にしても、すばしっこい以外には特に秀でた何かを見せるということでもない。それでも、子供っぽく見える容姿にいつも人懐っこい笑みを浮かべてにこにことしている様は、十中八九が『可愛い』と称するであろうタイプである。それゆえに、女子生徒からはそれなりの人気があった。
「ちょ、ちょっと待て! この集中攻撃は……っ、卑怯だ……っ!」
 集中攻撃の的になりながらも、西野は狭いコートの中を所狭しと逃げ回っている。そんな状況に陥りながらもボールからは確実に逃げきれているのだから、彼も元気があり余っている筆頭の一人なのだろう。とうに諦めたのか、同じチームの生徒たちは既に西野のことなど相手にしてない。
 何しろ、西野が要るチームは、既に全員が外野に出されているのだ。コートに残っているのは、西野一人。たいして、相手チームは半分ほどが残っている。その時点で、西野のチームの負けは確定であるはずなのだが、なかなか試合は終わる様子がない。最後の一人を討ち取るまでは、と、妙な方向に盛り上がりが向かっているらしい。
「昼休みが終了するまで、西野が逃げきる方に学食のA定食一回分」
「じゃ、逃げきれずに終わる方に二回」
 必死になっている本人を完璧に無視して、違う話題に花を咲かせる薄情なチームメイトたち。しかも、勝敗とは関係のないことが賭けのネタにまでなっている。
「頑張れ西野! 負けたら殴るからな」
「何だそれは!」
 いつもと変わらない、クラスメイトたちの呑気な会話。それは、桜にとっての日常の風景だった。
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