座りの悪い盆(信州シリーズ1)

帰郷

救急車が動き出しサイレンの音が遠ざかると、
村人が立ち話を始めた。

「こんな大きなお屋敷、清二夫婦が越してくりゃええがね」
「あの嫁とじゃうまくいかんじゃろう。誰か一人つい
といてやらんと、もう75じゃ。喘息の発作が怖いよの」

その日の夕方、症状が回復して病院から戻って床につい
ていたヨネはそばで見守っているヨシに話しかけた。

「なあヨシ。わしももう年じゃ。一人じゃ心細うてなあ、
こういう事あるとよけいに。お前さえよけりゃあ、小百合
とこっちへ越してこんかな。一度相談してみてよな。
一人で飯食うのももう耐えられん」

そういうわけで、一ヶ月前にヨシと小百合が越してきた。
その日もヨシが店に出て小百合がヨネを見ながら、今日
清一と亜紀が帰ってくるということで、朝からあちこち
部屋を掃除していた。

一年ぶり、白馬の山々を見ながら清らかな空気を胸いっぱい
に吸い込んで、やっと清一と亜紀は塩山邸に着いた。父と娘、
踏み石を踏んで玄関へ入っていく。亜紀はとても楽しそうだ。

玄関口で清一が、
「ただいまー!」
と言って二人でたたずんだが、誰も出てこない。

二人顔を見合わせて大声でもう一度、
「ただいいまー!」
亜紀が見上げて笑う。
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