平穏な愛の落ち着く場所


南原さんは本当に優秀な人だった。

それは味方にいれば安心できたけれど
こうなると手強い敵だと実感させられる。


『すぐに答えを出す必要はありません、
 ゆっくりお考え下さい』

『いくら考えても答えは同じよ』

『法廷で争うとなれば、一番傷つくのは紗綾
 様なんですよ』

『そんな……』

『正直に言って今のあなた様に勝ち目はない
 と思いますよ。千紗様、私はあなた様から
 紗綾様を奪う事はしたくない』

『やめて!!』

紗綾を奪われるなんて、
そんな事は考えるのも恐ろしい

『とにかく、じっくりお考え下さい。
 それとまた日を改めてご連絡しますが』

そう言って、黒い鞄から一枚の書類を差し出された。

『面接交渉権?』

『はい。離婚の際、私は親権をあなた様に
 することを最優先しました。元様が紗綾様
 に会う細かな取り決めは、あえて書面化に
 しなかったのです。元様の性格を考えます
 と、それをしたらまた離婚届けに判を押す
 日が遠のきそうでしたので』

『ええ』

あの時は私も、野口が紗綾の父親らしい事を
したいと望むなら、それを拒否するつもりは
なかった。

『今週末に二日ほど』

『えっ?』

『今週末の二日程、紗綾様を野口家で
 お預りさせて下さい』

『何を言って……』

『少し早いですが、大奥様が紗綾様の
 お誕生日をお祝いしたいと』

『必要ないわ』

『それを拒否されるのでしたら、その書類
 にて、改めて面会についての取り決めを
 したいと思います』

『南原さん!!』

『千紗様、私は悪い話ではないと思うから
 こそ、大奥様の依頼を引き受けたのです
 親権争いをする前にもう一度考えてみて
 下さい。紗綾様もご自分の家がどこなの
 かを知る良い機会になるでしょう』

『あの娘の家はあそこじゃない!』

『それを決めるのは紗綾様です』

『まだ四歳よ!そんな子に何が決められる
 と言うの?!』

『これ以上ここで争うのは止めましょう』

話を切り上げて立ち去ろうとする南原さんの腕を、咄嗟に掴んだ。

『待って!』

『千紗様、お時間はいいのですか?
 お友達と約束がおありでは?』

『友達?』

南原さんの視線が千紗の手に持つ買い物袋に向けられた。

まだ野口の家にいた頃、渚とランチをする時は、このスーパーで買ったものを持って、渚の家で料理するのが定番だった。


『えっ!やだ!今 何時?!』

千紗は南原さんから手を離し、慌てて腕時計を見た。


『では、改めてご連絡します』

彼は来たときと同じように頭を下げて、駅の方へ歩いて行ってしまった。


千紗はまた地面が回りだす感覚がして
ぎゅっときつく瞳を閉じた。


『仕事に行かなくちゃ……』


頭の中は週末の事でいっぱいだ。

紗綾に何て言えばいいのだろう……




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