平穏な愛の落ち着く場所
『おまえやけに冷静だな?』
『冷静じゃないわよ』
本当はあなたの何万倍も、
行かせたくないに決まってるじゃない
『あの男の所に行かせて平気なのか?』
『やめて』
野口の事は言われなくてもわかってる
それ以上何も言わないでよ
わかってるから!
もうわかってるの!!
『これはあいつの企みじゃないのか?!』
『違うから!』
千紗は今にも爆発しそうな怒りをグッと堪えて強く否定したつもりが、崇にはそれが気に入らなかった。
『あんな事をされたのに、まだあの男を
庇うような事を言うつもりか!!!』
『もうやめてって言ってるでしょう!!』
千紗の中でぶちっと何かが大きく破れる音が聞こえた。
『私はこれから紗綾に、二度と行くものか
と心に決めた場所が楽しい所だと説得して
思い出したくもない義母の事を、欲しい物
なら何でも買ってくれる人だったのを
思い出させるの!
そして何より目の前に現れると萎縮して
しまう父親の事を怖がらない様に、
これまで同様素敵な人だと話さなければ
ならないのよ!!』
行き場のなかった怒りや悲しみが、叫びとともにうねりをあげて全身に轟いた。
南原さんに会ってから、もやもやした気持ちや、抑えていた感情がついに爆発した。
『千紗……』
『それもこれも全部、身勝手な離婚をした
私のせいなのよ!!
あの娘は何も悪くないのに、
どうして冷静でいられるのよ!!』
口調は激しく、怒りに満ちているのに
瞳からは涙が溢れ出した。
『本当は行かせたくないのに、怖がらない様
笑顔で送り出さなければならない気持ちが
あなたにわかる?!』
『……すまない』
南原さんにあそこまで言われて、
どうして拒否できるのよ!
紗綾を奪われるわけにはいかないわ!
『私がもっとあの家で我慢していたら
良かったの?
あの娘の為だとも思ってしたことは
全部私の我が儘だったの?』
『それは違う!』
崇は彼女の頬を静かに流れる涙を拭おうと
腕を伸ばしたが、パシッ!と無下に振り払われた。