平穏な愛の落ち着く場所
11.
吉井賢……いえ、愛ちゃんは今日も完璧な
メークと出で立ちで夜の街へ出勤しようとしていた。
喋らなければそこら辺の女子達なんかより
ずっと綺麗で可愛くて素敵なのは、自他共に認められると確信している。
以前はもう少し…ううん、今よりずっとましな声だったのに、職業病ともいえる最近はすっかりこの声が板についてしまった。
それでも、お酒もこの仕事も好きだし、職場は本当の自分をさらけ出せる場所だ。
カツカツとヒールを鳴らして家を出ると、左に曲がった駅へ向かう細い路地に人影が見えた。
物騒な昨今、昔とった杵柄の柔道の技を思い出しながら身構えて瞳を凝らす。
『あらっいい男』
きょろきょろ周りを見渡す男の横顔が街灯に照らし出された。
『困っている人は助けないとね』
ダーリンへの言い訳を口にして、愛ちゃんは
その男に近づいた。
『迷子の……』
側まで行って、顔がはっきり見えると急いで回れ右をする。
ダメダメ!
彼は子猫ちゃんじゃない。
あれは狼、しかも今はかなり不機嫌な。
一方、今にも爆発しそうな怒りを抱えていた崇は愛ちゃんを見て顔をしかめた。
『なぜ逃げる?』
『とばっちりはごめんよ!』
ビクッと立ち止まって、愛ちゃんは振り返らずに、でもはっきりと言った。
本来の地声で、だ。
これで大抵の男は逃げ出すはずなのだが。
『美しい女性にケンカは売らない』
あらまあ。
これは本物のいい男だったわね。
『何かお困りかしら?』
愛ちゃんは気をよくして、とびきりの営業スマイルで振り返った。