平穏な愛の落ち着く場所
『いったいどうしたんだよ?』
『昔のような関係になりたいなら、
少し時間が欲しいの』
『なんだって?!むかっ昔のようだと?!』
彼女の口から思いもよらない言葉を聞いて、
崇は喉に何がが詰まったかのように喘ぐように言った。
『そうよ、何の約束もしない……』
『本気で言ってる訳じゃないだろ?』
『だって私はっ!』
愛してるって言ったのよ!と叫びそうになって、千紗は唇を噛んでぐっと耐えた。
もう勢いとか喧嘩腰で伝えたくない。
『あなたが好きよ』
『ならば何故こんなことをする?』
『だから時間が必要なの……』
話がまた振り出しだ。
崇は人指し指と中指でこめかみを押さえた。
『それは昔のような関係になるためだと?』
馬鹿馬鹿しいにもほどがある!
目の前にあるドライヤーを投げつけたくて
拳を握りしめた。
『ええ……』
『俺がそれを望んでいると思うのか?』
唸るような声に彼女がビクッと震えた。
『……わからない』
千紗は瞳を合わさず一歩後ずさると、身体を守るように胸の前で腕を交差させた。
『千紗っ!!』
ぎゅっと瞳を閉じる彼女に、崇の堪忍袋の緒が切れた。
『いいか!よく覚えておけ!』
口調とは裏腹に、崇は優しい手つきで千紗を抱き寄せると激しく唇を貪った。
一旦唇を離して彼女を熱く見つめる。
『俺がおまえを怒鳴る時は』
言葉を切って、再び同じように唇を奪う。
『覚悟するのはこれだ』
焦点の合わない彼女の瞳が自分を写すのを
待った。
『わかったか』
大人しくうなずく彼女の額に口付けて、
ぎゅっと抱きしめた。
甘いシャンプーの香りを吸い込み、柔らかい身体が素直に身を寄せてくると、このまま奪ってしまいそうになる。
これでは話し合いなど無理だ。
それに、このままあの娘を隣に預けておくわけにはいかない。
『俺のマンションへ行こう』
『でも……』
『俺たちは、きちんと話し合う必要がある』
『今ここでも……』
崇は千紗の顎を掴むとはすかいに唇を合わせ
容赦なく舌で、彼女の口内を攻め立てた。
どんなにキスしても飽き足りない。
がっついてまるで十代のガキだ。そう自覚していても、バスローブの合わせ目から手を入れて乳房を包み込む。
《あははははっ》
隣の部屋からだろう、野太い笑い声に続いて、きゃっきゃっとかわいい笑い声が聞こえてきて二人は弾かれたように飛び退いた。
『今ここでは無理だ』
千紗は両手で椅子の背をつかんで、わかったと答える代わりに大きくうなずいた。
『隣にいる、支度ができたら呼んでくれ』
『え?紗綾はこのまま愛ちゃんに……』
『今日中にここに戻れると思うなよ。
この間みたいに朝、あの娘の機嫌が悪く
ならないような支度をしてくれ』
『でもっ……あっ!崇さん!』
千紗の言葉に聞く耳をもたず、彼は出ていった。
お隣の愛ちゃんちの扉を叩く音に続いて、
娘のはしゃいだ声が聞こえてきた。
千紗はようやく椅子から手を離して、
ぐにゃりと床に座りこんだ。