平穏な愛の落ち着く場所
コーヒーを入れようとキッチンに行こうと
すると、背後から回された腕に捕まった。
『千紗、あの娘は……』
『可愛いでしょう?』
腕の中で顔だけ振り返って笑いながら彼を見上げた。
『かわいい?そんなもんじゃないな』
頭の上に彼の顎が乗せられた。
ぎゅっと抱きしめられて、彼が笑った気配を感じる。
『あと10年もしたら、男があの娘の後ろに
列をなすだろうさ。ったく、俺はすでに
骨抜きにされちまった』
千紗のなかに何の前触れもなく、温かい感情がどっと溢れてきた。
『おまえには素晴らしい子育ての才能が
あったんだな、いい母親だよ』
『ありが……』
言葉を発した瞬間、全身からふわっと力が抜けた。
『おいっ!』
千紗の中の何かが壊れ、感情の大きな波になすすべもなく呑み込まれた。
『なんだよ……泣かせるつもりで言ったん
じゃないぞ』
彼は困ったように笑いながら、へなへなと座り込む私を今度は正面から抱きしめた。
その腕にしがみついて、こくこくとうなずいて答えるが、涙は後から後から溢れてくる。
わかっていたわ、
紗綾は優しくて利発な娘だって。
あの愛らしい笑顔は
周りを魅了することができる娘だって。
可愛いと思えないなんて言うあの人の
頭がおかしいんだって。
『千紗』
顔を上げると、唇が重ねられた。
なだめるような優しい動きに、感情の嵐が
次第に落ち着いていく。
しがみついていた手の力が弱まると、
名残惜しそうに唇が離された。
『そこにいろ、コーヒーは俺が淹れる』
ソファーに押し付けられて、
彼がキッチンへ向かった。
コーヒーのいい香りがしてきた。
気持ちが落ち着いてくると、
心の中にある確かなものがよりクリアになる
『熱いぞ』
ことんとカップが目の前に置かれた。
『ありがとう』
この人を愛してる。
もう二度と離れたくない。