平穏な愛の落ち着く場所
『昼間言ったことは本当だ』
『別れた後のこと?』
握られていた手に力がこめられた。
崇はゆっくりうなずいた。
『自分でも気づいていなかったが、
おまえが結婚をやめて戻って来てくれると
ずっと心のどこかで思っていた』
『ずっと?』
『ああ……馬鹿だと思うが、勇斗や蒼真の
幸せを目の当たりにする度に、おまえを
思い出したよ。千紗となら俺にもこんな
家庭が築けたかもなって思うと惨めな気
持ちになった』
自嘲して、握った手を持ち上げ口づける。
『もしかしたら離婚して俺の所に戻って来て
くれる日が来るんじゃないかって、馬鹿な
想像をすることもあった』
崇の告白に千紗の胸が張り裂けそうに
いっぱいになった。
『だけど実際のおまえは離婚したって、俺の
ところにくることはなかった』
『それは……』
『いいんだ、当然なんだから』
千紗の手をゆっくり離した。
『俺がおまえを不幸にしたも同然だ』
『え?』
『あの日、一言結婚なんてやめろと俺が言っ
ていたら千紗、今のおまえはこんな苦労
する人生じゃなかったんだ』
『それは違うわ!私が逃げ出したのよ!
あなたの言うように、わかっていたのよ
あなたの事はわかっていたのに、戦わずし
て逃げ出したの』
『そうさせたのは俺だ!!逃げて当然だ……
それなのにおまえは……』
『愛してるわ!あなたを愛してる』
千紗は辛そうに顔を歪める彼を抱きしめた。
腕を回してくれない彼にぎゅっと寄り添い
抱きしめてと訴える。
『俺はどうしたらいいんだ?』
見上げて彼の考えていることが自分の頭に入ってくるように千紗は額を合わせた。
『なにが?』
『昔に戻りたいんじゃない、紗綾も一緒に
新しく始めたいんだ』
千紗はパッと体を離した。
『本当に?紗綾も?』
『俺がどれだけあの娘が好きか、もうわかる
だろ?』
真剣な彼の表情とは反対に、千紗は口角が徐々に上がりだす。
新しく三人で始めるって言ったわ!
三人で!
迷いに迷ってすごく遠回りをして、それでも結局この人の所へ戻ってきた
少し前まで、未来なんて想像もできなかったのに……
今ならはっきりわかる
千紗は心から沸き上がる幸せが全身を包みこ
むのを感じて、自然とクスクス笑いが漏れだした。
『何がおかしいんだ!
笑ってないで俺はどうすればいいのか
言ってくれよ!』
『わからないの?』
『千紗!』
その呼び方に笑みを深くする。
怒ったように私の名前を呼ばれるのが
今も昔も変わらず大好きだ
『あなたは私に一言言えばいいだけよ』
『なにを?』
ああ、もう!
前からこんなに石頭だったかしら?
そうね、頑固で強引で照れ屋で……
そんな全てが今も昔も変わらず愛しい
『いい加減気づいてよ』
焦れったくて、そんな所もキュートに思えてしまうなんて言ったら、冴子の《重症ね》とか渚の《アホらしい》が聞こえてきそう。
『だから何を!』
千紗は拗ねたように、頬を膨らませた。
『嫌よ、私は今日あなたに何度も言ったし
絶対に《言って》ってせがんだりしないん
だから!』
『あっ……』