平穏な愛の落ち着く場所
『千紗、もし困っている事があるなら……』
サイドブレーキを引きながら、自然に
口から出た言葉に自分で驚いた。
馬鹿な!俺は何を言おうとしているんだ!
でも彼女は、俺の同情心なんて
わかっているわ、というため息をついた。
『ありがとう』
本気にされてない!
その事が、無性に腹が立った。
そもそも、俺たちはひどい別れ方を
したわけではない……
むしろ友好的だったはずだ。
それなのに、冴子や浩輔には離婚を
知らせたのに俺は無視かよ。
ちくしょう!
後で後悔しようと知ったことか!
『俺は本気だ、もし困った事があるなら
いつでも連絡してこい!携帯番号は
変わってない』
シートベルトを外す千紗に、強引に名刺を
押し付けた。
一瞬、驚いて目を丸くした彼女だが
素直にそれを受け取って、続いてあの頃と
変わらない優しい笑みを見せた。
『わかったわ、ありがとう』
今度の笑みは心からのものだとわかり
崇は強張った肩の力を抜いた。
『今日は本当に助かったわ』
彼女はそう言うとドアを開けて降りた。
『千紗!』
沸き上がる焦燥感から
つい、後ろ姿に名前を呼んでしまった。
俺は………
『なに?』
『……いや、気を付けろよ』
『ええ、崇さんも気を付けて。
お仕事、頑張ってね』
彼女は一度振り返って、小さく手を振ると
人混みの中に消えていった。
俺は……
何を言おうとしたんだ?
止めろ、その答えは考えない方がいい。
俺には手に負えないはずだから。
崇はしばらくそこから動かなかったが、
やがて諦めたようにハンドルを切ると
会社に向かった。